気がつけば空はすっかり暗くなっている。原稿の進捗は十分なので、これ以上遅くなる前に全員帰ることになった。
「皆、気をつけて帰るんだぞ」
玄関先、靴を履き替えながら、御子柴が言う。
「それにしても真由が俺らと同じ学校通うんだもんなあ。分からないこととかあったら何でも訊いて良いぞ!そうだな、御子柴先輩が明日学校を案内してやろう」
「兄か先輩かどっちなんですか」
「俺は兄で先輩だぞ!」
野崎が自信満々に言う。千代は微笑ましそうにしている。
皆靴を履き終えたところで、お邪魔しました、と千代、御子柴、真由は三者三様のトーンで野崎に別れを告げる。三人が部屋を出ると、バタンと音を立ててドアが閉まった。
他愛もない会話をしているうちに駅に辿り着く。千代と別れ、御子柴と真由が二人きりになった。お前も行かなくて良いのか、と御子柴が訊ねると、真由が口を開いた。
「実琴さん、写真撮りませんか」
「え、写真?」
突然の提案に御子柴はきょとんとしている。
「はい。さっきああ言ってたので」
御子柴は数時間前の自分の発言を思い出し、制止する。
「いや、気にしねえで良いって!変なこと言って悪かったな」
「いえ、撮りましょう。俺も実琴さんと撮りたいです」
意外な抵抗に怯んだのか、まあそれなら、と御子柴が少し照れながら承諾する。さっきのカメラは野崎の部屋にあるので、御子柴のスマホで撮ることになった。自撮りとか慣れねえな、と苦戦しながら、御子柴がスマホのアングルを調整する。
「お、この辺で良いんじゃねえの?じゃあ撮るぞー、はい、チーズ」
帰宅ラッシュの喧騒の中に、カシャリと小さな音が混じった。
「お前めちゃくちゃ無表情だな……。まあ、結構良い感じに撮れたんじゃねーの?後で送っとくぜ」
「はい。お願いします」
撮り終えたタイミングでちょうど駅のアナウンスが入った。どうやら真由の乗る電車が来るらしい。
「じゃあ俺、行きますね」
「おう、また明日な!」
「……明日、ですか」
真由が不思議そうに零す。
「ん、どうかしたか?」
「明日も実琴さんに会えるんですね」
「まあそうだろうな」
「楽しみです。それじゃ、また明日」
そう言って真由は改札をくぐって行った。
家に着き、御子柴から届いたメールを開く。今まで何度も御子柴の写真を撮ってきたが、自分も一緒にうつっている写真は初めてだった。真由は添付された写真を保存し、メールをお気に入りに登録して、どこか満足気に携帯電話を閉じた。