無事御子柴と合流し、三人は校門へと歩を進める。階段を降り、生徒用の昇降口を出ると、外は部活動の勧誘準備をする生徒で溢れていた。新入生がまだ登校していないためか、今のうちにと段ボールにマジックで部活名を書いて即席の看板を用意する者も見てとれる。人を呼び込みやすい場所に陣取った部は士気が高く、人通りの多い場所を少し逸れたところに佇む部のメンバーは不安げな表情を浮かべる。勧誘の担当ではないのか、あるいは帰宅部なのか、校門から出て家路につく生徒も多く見られた。
「おー、この光景も毎年恒例だなあ」
御子柴の呟きに反応し、千代が訊ねる。
「二人は帰宅部だけど、部活の勧誘とかされなかったの?」
野崎が返答する。
「俺はバスケ部とバレー部からの勧誘が熱烈だったな」
「そりゃその身長じゃ運動部は入部してほしいだろうな……」
「まあ、右手痛めるの嫌だったから断ったんだが。そう言う御子柴はどうだったんだ?」
「俺か?まあ俺の場合、近寄り難いオーラが出てたっつーの?音楽聴きながら歩いてたからってのもあるかもしれねえけど、話しかけようとしてきた奴は皆たじろいでたぜ」
「知らない先輩と話すの怖いから、イヤホンして聞こえないフリしてたんだね、みこりん」
「う、うるせえ!そんなんじゃねえよ!」
図星を突かれた御子柴が顔を赤くして咄嗟に反論する。
雑談をしているうちに、三人は校門の入口付近に辿り着いた。人混みからは少し外れたところで立ち止まり、御子柴が鞄を抱え直す。野崎が口を開く。
「二人とも、アシスタント前に俺の用事に付き合わせてしまって済まないな」
「全然構わないよ!親御さんに渡すものがあるんだっけ?」
「まあ、さすがに家主のいない家に上がるわけにもいかねえからな。ちょっと待つくらい気にしねえよ。他に用事もねえし」
「すまないな、助かる」
そんな風に他愛ない話をしてながら待っていると、いつの間にか校門から出る生徒は減っており、代わりに校門へと向かってくる生徒がまばらに見られるようになった。制服は真新しく、いかにも着慣れていない風貌なのが初々しい。生徒たちはどこか緊張した素振りで無事初めての登校を果たす。
その中に、三人にとって見慣れた者が一人。見慣れた人間に見慣れた制服でも、二つが合わさると新鮮な光景だ。彼は他の生徒とは違って緊張した様子もなく、ただ無心でこちらに向かってくるようだった。
「おー、真由!」
御子柴の表情が明るくなり、大きく手を振って声をかける。真由は軽くお辞儀をして済ませたが、御子柴の声は周囲の生徒たちの注目を集めた。御子柴はかなり目立つ容姿をしているし、真由も時折その見た目を褒められることがある。新入生にとっては、二人のやり取りは異色だった。なにせ上級生と同級生とのやりとりだ。新入生には明らかに戸惑いや驚きの色が見て取れ、様々な声が聞こえてくる。赤い髪の人めっちゃイケメンじゃない?いや黒髪の人も何気にかっこいいよ、どういう関係なんだろうね、などなど。中には御子柴の隣にいる野崎と千代の身長差に言及する者もいた。
真由が三人の元へと辿り着く。野崎が母さんたちは一緒じゃないのかと尋ねたところ、新入生と保護者では集合時間が違うので別々に家を出たとのことだった。
「そうだ!せっかくだから真由くんと野崎くんで一緒に写真撮るのはどう?」
「俺は構わないが……」
野崎がそう言ってちらりと真由の方を見ると、真由はいかにも嫌そうな顔をしていた。その反応に野崎は気を落としてしまう。
「ああ、いえ、兄さんと撮るのが嫌なわけじゃないんです」
真由は野崎の想像を否定し、入学式と書かれた看板のあたりを指さした。既に行列が出来ており、先頭にはカメラを持った者がいる。なるほど入学式で写真を撮るならここだろうが、真由が列に並ぶことを是とするはずもなかった。
そこで千代が新たな提案をする。看板はないが、今立っているここで撮ってはどうか、と。それならと真由も承諾し、野崎が手に持っていたカメラを御子柴に手渡した。どうやらこれが『野崎が親御さんに渡すもの』らしい。
御子柴がカメラ越しに兄弟を眺める。ほんの小さな棘に刺されるような、意識しなければほとんど気づかないような痛みが御子柴の胸に走った。御子柴はそれを特別気にかけることもなくシャッターを切る。画面には笑顔を作るのが下手な大男二人が写っていた。
「うむ。良い感じに写っているな。ところで真由、そろそろ教室に行く時間か?」
「そうですね、そろそろ」
「お前、入学式で寝るなよ?」
御子柴の疑念に真由は沈黙で返事をする。どうやらイエスとは言えないらしい。野崎が言葉を続ける。
「もし良かったら、式の後にでも家に遊びに来てくれ。お菓子を準備しておこう」
「はい」
じゃあ後で。軽く手を振って別れを告げ、真由と三人は一旦別行動をとることにした。