「佐倉、良ければこれを受け取ってくれないか?」
千代の目の前に差し出されたのは、鮮やかな色合いの花束だった。赤いラッピングに五本の赤いバラが包まれ、その間でカスミソウが顔をのぞかせている。好きな相手からの突然のプレゼントに、千代は驚きを隠せなかった。
「わあ……!お花だ!ありがとう野崎くん!すっごく嬉しいよ!」
千代の笑顔がまさに花のごとく咲き誇る。それを見た野崎も非常に安心した様子だった。
「喜んでもらえたなら何よりだ」
「ところでこのお花、一体どうしたの?」
「実は次回の『恋しよっ♡』で鈴木がマミコにあげるプレゼントを何にするか考えていてな。若松に訊いたら花を勧められたから買ってみたんだ」
「なるほど、マミコの反応をどう描くかの調査というわけですね!夢野先生!」
千代は胸の前で握りこぶしを作ってみせて、気合いのこもった返事をした。
漫画のためなら、いつかのお弁当のように花束も配り歩くのだろう。単に自分に宛てて贈られたわけではないということに、千代が少しもガッカリしなかったと言えば嘘になる。しかし、千代にとっては、野崎が自分に花束をくれたという事実だけで十分だった。野崎の漫画の手伝いが出来ること、そのために野崎のそばに居られること。遠くで見ていただけの頃と比べれば、この上ない幸せなのだ。幸福を噛み締め、ふぅ、と一つ小さく息を吐き、背筋を伸ばして、野崎に顔を向け直す。
「……って、私の反応じゃあんまり参考にならなかったらごめんね!?」
「いや、とても良い反応だったぞ」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいけど、なんだか照れちゃうね」
「……」
「……野崎くん?」
「あ、ああ」
首を傾げ自分を見上げる千代に虚をつかれたように、野崎は曖昧な返事を漏らす。数秒遅れて、自分の贈った花束を抱えて微笑む千代に目を奪われていたことに気が付いた。野崎が自身の心の内に動揺しているうちに、千代は言葉を続ける。
「それにしても、花束って意外とそんなに大きくないんだねえ。抱えられないくらいの大きさのものかと思ってたよ」
「ああ、それは店員さんのアドバイスだ」
「店員さん?」
「ああ。プレゼントですかと訊かれたから、はいそうですと返事をしたら『どういったご関係の方にお贈りですか?』と言われてな。背が小さい同級生の女の子で、赤色が似合うと答えておいた。すると店員さんが、高校生ならあまり大きいものでも困るだろうから、自分の部屋に飾れる大きさが良いだろう、と」
「……じゃあ、もしかして野崎くんは初めから私に渡すつもりで用意してくれたの?」
「ん?そうだな」
「く、配り歩かないの?」
「配り歩く?」
野崎がさも当然と言わんばかりの返事をして、配り歩くと言うと不思議そうな顔をするものだから、千代は胸がいっぱいになった。野崎は、花束を贈るときに、真っ先に自分のことを考えてくれたのだ。それどころか、自分以外のことを考えることもなかった様子だ。こんなに嬉しいことがあるのかと千代の目が潤む。声にも涙が滲む。
「ありがとう、野崎くん!すっごく嬉しいよ!」
ああ、と返事をして野崎が微笑む。
しかし、花束を描くとなると、御子柴には頑張ってもらわないといけないな」
「みこりんの本領発揮だね」
そんな他愛もない話をしてこの日は別れた。
れから暫くの間、千代の部屋は花束で彩られ、瓶の水を替える度に千代は笑顔をこぼすのであった。